東京高等裁判所 昭和63年(ラ)183号 決定 1988年5月26日
抗告人 三和資源開発株式会社
右代表者代表取締役 猿橋岳近
右代理人弁護士 恵古シヨ
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一、本件抗告の趣旨は「原決定を取り消す。鳳物産株式会社(以下、本件債務者という。)を破産者とする。」との裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙「抗告の理由」(写し)記載のとおりであるが、その要点は、抗告人の本件債務者に対する破産申立事件につき原裁判所が命じた手続費用の予納額が不当に過大であり違法である、というにある。
二、破産手続費用の予納に関する決定に対しては不服を申し立てることはできないが(破産法第一三九条)、その予納がないことを理由とする破産申立棄却決定(同条第一項後段)に対しては、即時抗告をすることができるものと解すべきであり(同法第一一二条)、この抗告が提起されたときは、抗告審においては、単に予納の有無について審理するに止どまらず、予納を命じた額の当否についても審理をなし、その予納額が法によって付与された裁量の範囲を越え不当に高額であると認めたときは、これを違法として原決定を取り消し、改めて原裁判所において予納額を決定しその納付を命じさせるため事件を原裁判所に差し戻すべきものと解するのを相当とする。
三、そこで本件において原裁判所の定めた予納額の当否について判断するに、一件記録によれば、抗告人は本件債務者に対する金二六〇〇万円及びこれに対する昭和六二年二月ないし三月から完済に至るまでの金員の支払請求権(確定判決あり。)に基づき、本件債務者を破産者とする旨の申立てをしたので、原裁判所は、昭和六三年二月二四日付けの決定をもって抗告人に対し「破産手続の費用として金一〇〇〇万円を予納すること」を命じたところ、抗告人がこれを予納しなかったため抗告人の破産申立てを棄却したことが認められる。
四、ところで債権者申立てによる破産手続においては、裁判所は、破産手続の費用として破産事件の大小、手続遂行の難易等を考慮して相当であると定めた金額を予納させることを要するが、その金額の予納を命じるに当たって、具体的にどの範囲の費用についてどのような時点でこれを納付すべきことを命じるかについては、手続の円滑な遂行を図る見地から裁判所の広範な自由裁量に委ねられており、その一つの選択として、同時廃止、異時廃止に至ることが明らかに予測されるなどの特段の事情のない限り、破産申立時に、破産宣告後の手続費用をふくめ一括して一切の費用の予納を命じることもできると解される。けだし破産申立てをする債権者は、破産宣告がされ手続が進行することを前提として破産の申立てをしているのであり、かつ、破産申立ての段階においては、破産財団に属する財産が破産手続の費用を償うに足りるかどうか、償うに足りるものであっても必要に応じて直ちに支払い得る現金として存在するかどうか、あるいはまた容易に現金化することができるかどうかは明確ではないので、特段の事情のない限り、破産手続において必要とされる一般的な手続費用(書類送達の費用、各種の公告通知のための費用、当事者、証人、鑑定人の呼出費用、破産管財人に破産財団に属する財産の封印その他破産財団の管理等の管財費用の前払いとして交付する手続費用、破産管財人の報酬、否認権行使等のための印紙代等の訴訟費用、監査委員に対する前渡費用及び報酬の支弁を予定した金額など。)を一括して納付させることができるものと言うべきだからである。
五、そこでこのような場合に、具体的な額をどのようにして定めるかが問題となるが、一般的には、破産申立時においては未だ事件の全貌を明らかにすることができないため、とりあえず申立債権者の提出した疎明資料、申立債権者の審尋結果等に基づいて負債総額を認定し、その額を基準としてこれに当該事件の特殊事情を加味した上、予納すべき額を定めているのが通例であるところ、このような取扱いは、破産手続における費用の予納制度の趣旨に照らし、合理性のあるものとして容認することができるのである。
六、このような観点に立って本件をみるに、記録によれば、本件債務者所有の不動産には、株式会社サンレイを権利者、国富貿易工業株式会社を債務者とする極度額五億円の根抵当権(昭和六〇年九月三〇日設定登記)及び株式会社ユニテイを権利者、本件債務者を債務者とする極度額二〇億円の根抵当権(昭和六一年八月一九日設定登記)が設定され、これらの根抵当権に係る債権だけでも後記強制競売事件の届出によれば、合計七六億円を越えるに至っていること、本件債務者は、鰻の輸入・卸売りを業とする会社として、昭和五八年には年間売上高四〇億円に達し、国内市場の二五%のシェアを持ったが、昭和六二年二月に不渡手形を出し取引停止処分を受けたこと、右第一順位の根抵当権に係る債権は昭和六二年二月二八日から同年四月二六日までの間(元本債権だけで合計六億円余)、右第二順位の根抵当権に係る債権は昭和六一年六月二〇日から同年一二月一〇日までの間(元本債権だけで合計七〇億円余)の短期間に集中的に生じていること、右根抵当権の対象となっている不動産の時価総額は、本件破産の申立てに先立ち、抗告人によってなされた右不動産を目的とする強制競売申立事件において一億円に満たない金額をもって評価されていること、本件債務者は、右不動産及びこれに存する動産、機械、諸設備により、昭和六一年九月まで輸入鰻の活鰻工場、加工工場を経営してきたが、これらは同年一〇月一日一括して株式会社鳳栄に、敷金六〇〇万円、賃料月五〇万円、期間一〇年として賃貸され、同会社において本件債務者の営業を実質的に引き継いで現在に至っているものと推認されること、同会社の役員五人中二人は本件債務者会社の役員(役員数五人)を兼ねていること、なお、右不動産については、抗告人のために右強制競売申立事件に係る差押えの登記がされた後の昭和六二年七月三一日、前記国富貿易工業株式会社のために所有権移転登記がされていること、おおむね以上の事実を認めることができる。
七、以上の事実に前記のごとき予納額を定めるについての一般的取扱い基準を合わせて考えてみると、まず負債総額はすでに七〇億を越えており、これだけを基準とするとすれば、予納額は数百万円に達することになるものと想定される。もとより破産事件の大小は負債総額のみによるものではなく、破産債権者の多寡も一つの重要な要素であるが、本件の場合、前記二社の根抵当権に係る債権の総額が七〇億を越えることのゆえをもって、破産債権者はほぼこれらの者に限られその数は少ないと断定できないのみならず、同時廃止あるいは異時廃止の結果となることが明らかとは言えない本件において、破産宣告がされその後の手続が前記認定事実のもとに進められることを想定すると、関係者の間において、その権利の存否等をめぐって複雑な法的紛争が生じ、かなりの手続費用を要する事態も十分に考えられるところである。
八、本件において定められた一〇〇〇万円という金額が予納額としてやや高額に過ぎないかという疑念を差し狭む余地が全く無いとは言い難いが、右のごとき事情に加えて、予納に係る手続費用が終局において財団債権となり、配当手続によらないで破産財団から予納者に優先的に随時弁済されるものであることをも合わせて考えると、破産手続の円滑な進行を期しながら、他方では破産申立ての段階において、確実とは言えない将来の事態を予測してその額を定めなければならない立場にある原裁判所において予納額を一〇〇〇万円と決定し、抗告人に対しこれが納付を命じたことには、その有する裁量権の範囲を著しく逸脱した違法があると言うことはできない。
よって本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 安國種彦 裁判官 清水湛 伊藤剛)
<以下省略>